すみくにぼちぼち日記

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知れば100倍面白くなる美術館の見方(風景画編)-感性で楽しめる風景画とその歴史

美術館で絵画を鑑賞する際に、一番馴染み深いのが風景画です。神話や宗教を扱う歴史画や歴史上の人物の肖像画などは、その絵のテーマを知らずに見るとなんだか難しく感じてしまうのですが、風景画は感性で楽しむことができます。

この記事ではそんな風景画について「知れば100倍面白くなる」をテーマにご紹介します。

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知れば100倍面白くなる美術館の見方(風景画編)

モネ

風景画は西洋世界では長らく地位が低い存在として不遇の時代を過ごしていたのですが、日本では、素晴らしい風景画が多く描かれてきました。戦国時代(16世紀)に狩野永徳が描いた『洛中洛外図屏風』や、19世紀に歌川広重が描いた『東海道五拾三次』などがその代表と言えます。

日本では風景画は広く親しまれ、現代においても図画工作や美術の授業では、写生大会があるなど、生活に根ざしている風景画ですが、ヨーロッパ、特に西欧諸国では長らく、美術と言えばキリスト教を布教するために描かれた宗教画、そして、ギリシャ神話を題材に描かれた神話画の2つの歴史画と、王侯貴族から注文が多く入った肖像画を指しました。

長い時間をかけてその地位を確固たるものにした風景画ですが、この記事では、そんな風景画を取り巻く激動の歴史と風景画を鑑賞するときの見方をご紹介します。

 

歴史的に地位が低かった風景画

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現在では、油絵の風景画がよく描かれるようになり、絵画の代表格とも言うことができる風景画ですが、長い西欧美術の歴史の中では、歴史画(神話画・宗教画)、肖像画静物画、そして風景画や風俗画という序列となっており、風景画は重要視されていませんでした。

そんな風景画ですが、早くに王制が廃止されたオランダでは、絵の購買層が王侯貴族から市民階級へと変化し、17世紀には盛んに描かれるようになったのですが、その動きが西欧全体に広がることはありませんでした。

風景画の地位向上の足がかりとなったのが、18世紀後半に活躍したイギリスの風景画家ターナーの存在と、19世紀のバルビゾン派の台頭、そして19世紀半ばの印象派の出現です。 

 

※宗教画についての紹介はこちら

sumikuni.hatenablog.com

 

こっそり神話を混ぜた風景画

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イカロスの墜落のある風景【ベルギー王立美術館】

長らく西欧世界では風景画は地位が低いものとして扱われてきました。地位が低いということは、画家が風景画を描いたとしても高値では取引されないということでもあり、そんな風景画を好んで描く画家は少なかったと言えます。

とは言え、中には風景画を描きたいと考える画家も一定数存在しており、そんな画家たちが採った手法が、風景画に神話を組み込んで、『○○のある風景』という、神話画として描くというものでした。

例えば上の絵は、「イカロスの墜落のある風景」という絵。

この絵、一見のどかな日常を切り取った風景画に見えるのですが、右端の船の下に誰かの脚があります。

そう、イカロスです。

イカロスとはギリシャ神話に登場する人物で、父ダイタロスが発明した羽根を使って飛び立った後、太陽に近づきすぎた彼の羽の蝋が溶け、海に墜落してしまった悲劇のヒーローのこと。

このように、風景画にこっそりと神話のエピソードを混ぜ込むことで、自身の絵画に箔をつけていたと考えられています。

 

イカロスの墜落のある風景の詳しい解説はこちら

sumikuni.hatenablog.com

 

オランダで風景画人気に火が灯る(17世紀)

風景画の人気に最初に火を灯したのがオランダです。

オランダは、1648年にオランダ独立戦争で勝利し、王制が廃止され、市民層が活躍する社会となりました。その為、他のヨーロッパ諸国とは異なり、早くから宗教画や神話画ではなく、市民に光を当てた風俗画や市民階級の人々が家に飾る風景画が描かれていったのです。

これは、絵画の購入層が王侯貴族ではなく市民に移ったからであり、当時のオランダの民家には必ずと言って良いほど絵画が飾られていたそうです。

この様な経緯があり、オランダ人画家は風景画や風俗画で有名な画家が多く存在します。

一方で、このオランダでの風景画の広がりが、他の地域に波及することはありませんでした。17世紀後半は、他の地域では未だ風景画の地位は低かったのです。

 

※風俗画についての紹介はこちら

sumikuni.hatenablog.com

 

イギリス風景画の先駆者ターナー(19世紀前半)

画家たちが風景画に神話のエピソードを織り交ぜて描いていたと言うほど、題材としての地位が確立されていなかった風景画ですが、その風景画を芸術作品として、イギリス画壇に認めさせるほどの絵画を描いたのがウィリアム・ターナーです。

ターナーの絵は印象派誕生から100年前の1775年に生誕した画家。ターナーは美しい風景画を武器に1799年の24歳でイギリスのアカデミー準会員、1802年には正会員になり、1907年には32歳で王立アカデミー美術学校の教授となりました。

彼は印象派誕生から50年も前に既に光を印象的に捉える画風を確立しており、特に代表作である『雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道』などの作品は、見る者の心に訴えかける何かをもった作品です。

このターナーによって、イギリスではフランスに先駆けて風景画の地位が確立されていったといっても過言ではありません。

 

フランス バルビゾン派が風景画を屋外で(19世紀半ば)

フランスでの風景画のムーブメントが起こったのは、イギリスでターナーが生誕してから55年後の 1830年から1870年頃にかけてでした。

フランスのバルビゾン村に集まった画家たちが、これまでのアトリエで絵画を描くという方法から、屋外で絵画を描く方法への転換を提唱し、風景画や農村の絵画を写術的に描くようになったのです。

バルビゾン派で代表的な画家といえば、コローやミレー、ルソーなどが挙げられます。

 

フランスで印象派誕生・アメリカで地位を確立(19世紀後半)

モネ

バルビゾン派が生まれてから程なくして、パリで新しい芸術が生まれました。

1863年、パリで開催された美術展の会場の横で、この美術展に落選して展示できなくなった作品を集めて開催された美術展「落選展」が開催され、後に印象派の画家として名を馳せた、マネ、モネ、ピサロ、ホイッスラーなどが参加し、革新的な作品が展示されたのです。

落選展から10年ほど経った1874年4月、「画家、彫刻家、版画家などの美術家による共同出資会社第1回展」という美術展が開催されました。

この美術展にモネが出品した作品が、『印象日の出』という作品。この『印象日の出』はフランス北西部のル・アーブル港を描いた作品で、その淡い印象から当時の批評家ルイ・ルロワに「こんな絵はただの印象を描いたひどい作品、印象主義だ」と酷評されてしまいます。

ただ、この酷評が世間の注目を引いたのをきっかけに、印象主義印象派)としてこのグループが認知されるようになり、この美術展に出展した、エドガー・ドガカミーユピサロオーギュスト・ルノワールアルフレッド・シスレーなどの画家たちが印象派として活動するきっかけとなったのです

 

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この印象派の台頭により、ようやくパリでも風景画が広く認知され、また、新大陸アメリカのブルジョアジーがこぞって印象派の作品を購入したことで、印象派の価値が高騰し、風景画の美術作品として地位が確立されたのです。

こちらの絵はベルト・モリゾの風景画。印象派として活躍した画家で、柔らかい雰囲気が印象的な絵を多く残しています。

 

印象派についての詳しい紹介はこちら

sumikuni.hatenablog.com

 

風景画は心で感じる-風景画の見方

アンリ・ルソー

絵画を見るときに、例えば宗教画なら聖書の話を知っているほうが面白いし、神話画ならギリシャ神話の知識があるほうが良く分かる、肖像画ならその人物の歴史的背景を考えながら鑑賞するほうが楽しいのですが、風景画鑑賞では、その様な難しい知識を持って絵を読むのではなく、心で絵を感じることで絵を楽しむことができます。

特に風景画の画風の変遷を見ると、写実的な絵画が多かった17世紀から段々と、光や闇などを捉える絵画が増えてきて、印象派になると、風景でも現実のものと心の風景とが交じり合ったような、とても心地良い絵画へと変化します。

また、風景画の面白いところは、一人の画家が一つの風景を何度も描いているところ。例えば海の絵画を描く画家、農村の絵画を描く画家、船の絵画を描く画家など、一つの主題の専門画家として活躍した画家が多くいるところです。

印象派のモネも睡蓮の絵を多く描いているなど、1つの主題を極めるというのは、風景を描く画家にとっては自然なことだったのかもしれません。

ちなみに、こちらはアンリ・ルソーの風景画。素朴派といわれたルソーの風景画は、何処となく心が和むようなそんな絵画だなと思います。

 

肖像画の楽しみ方の紹介はこちら

sumikuni.hatenablog.com

 

終わりに

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この記事では、風景画が辿った激動の歴史と、風景画の見方をご紹介しました。

西欧諸国では長らく低い地位に位置づけられてきた風景画ですが、17世紀にはオランダで人気を博し、19世紀前半はイギリスでターナーが、19世紀半ばにはフランスでバルビゾン派が台頭し、19世紀後半から20世紀にかけては印象派という形でその価値が全世界に知れ渡ることとなりました。

日本では古くから親しまれてきた風景画も、所変われば異なる歴史があり、そんな歴史を感じながら美術館で鑑賞してみるのも、一つの面白い見方なのかもしれません。

 

※神話画の紹介はこちら

sumikuni.hatenablog.com

 

※美術を学ぶのにおすすめな本はこちら

sumikuni.hatenablog.com

 

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