画家といえばモネやドガなどのフランスで活躍した画家や、ラファエロなどのイタリアの画家、フェルメールなどオランダの画家が有名ですが、実はスペインゆかりの画家たちもとても魅力的で見ごたえたっぷりの作品を残しています。
この記事ではそんなまだ日本ではメジャーではないスペイン芸術の魅力を、ティツィアーノ、エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤ、ピカソ、ダリ、ミロの7人の画家の作品を参照しながら、ご紹介します。
- スペインゆかりのおすすめ画家7選-スペイン芸術は儚さと力強さが魅力
- ティツィアーノ・ヴェチェッリオ-16世紀のイタリア人画家
- エル・グレコ-16世紀のギリシャ人宗教画家
- ディエゴ・ベラスケス-フェリペ4世の宮廷画家
- フランシスコ・デ・ゴヤ-カルロス4世の宮廷画家
- パブロ・ピカソ-キュビズムの祖
- サルバドール・ダリ-シュルレアリスムを代表する画家
- ジョアン・ミロ-記号の魔術師
- 終わりに
スペインゆかりのおすすめ画家7選-スペイン芸術は儚さと力強さが魅力
スペイン芸術にはどこか儚い雰囲気の中に力強さを感じる芸術が多く存在ます。
フランスの甘美な絵画や美しい印象派、イタリアの鮮やかな色彩、オランダの牧歌的な雰囲気などの絵画とは一線を画すスペイン絵画。
スペイン王室もよく描かれたのですが、スペイン王室の肖像画は、例えばマリーアントワネットの肖像画やナポレンの肖像画とは違い、どこか陰鬱としたオーラを纏っています。
スペイン芸術庇護者であった王室が芸術品を珍重した時代は、実は最盛期のカルロス1世やフェリペ2世の日の沈まぬスペイン(16世紀)ではなく、王室の力が弱まった時代であるフェリペ4世(17世紀)の時代、カルロス4世の時代(18世紀)でした。
スペインで芸術が花開いた時代は、実は政治的には「無能な」王が芸術に現を抜かした時代だったとも言うことができるのです。一方で、政治に一生懸命ではなかったからこそ、芸術が発展したというのも確か。「落日のスペイン」というある種の儚さのようなものがスペイン芸術を至高の芸術へと昇華させたのかもしれません。
スペイン絵画は、内戦や戦争を主題にした作品も多いのですが、暗い雰囲気の中にも力強さがあり、また、とくに20世紀の絵画は革新的で斬新な画家が活躍した時代でもあります。
この記事ではそんなスペインの7人の画家を時代順に紹介しながら、スペイン絵画の魅力をご紹介します。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ-16世紀のイタリア人画家
まずはスペイン人画家が活躍する前の時代、イタリアや外国からスペインが絵画を購入していた時代の作品を見たいと思います。
ティツィアーノはルネサンスを代表するイタリア人画家の一人。100年生きた言われている画家でその生涯で400作品以上、工房作品を含めると600に上る作品を残したといわれています。
イタリア人画家なのですが、実はスペインの宮廷画家としてカルロス一世とフェリペ2世の肖像画を描いた画家でもあります。一方で、実はティッツィアーノはスペインが好きではなく、宮廷画家ではあったものの、一度もスペインには住んだことが無かったといわれており、スペイン王室の発注があれば絵画を制作するというスタンスだったそうです。
ティツィアーノの作品は多くの画家に影響を与えたといわれており、イタリア人ながらスペイン宮廷絵画の礎を築いた人物です。
上の絵画は、プラド美術館所蔵の『ダナエ』。ダナエはギリシャ神話の絵画です。
ダナエが生まれる前、父であるアクリシオスは神の神託を仰ぎます。すると「お前は孫に殺される」という神託が下りました。アクリシオスは恐れおののきダナエを塔に幽閉するのですが、ギリシャ神話の神様であるゼウスが見初め、黄金になってダナエに降り注ぐ。するとダナエは男の子を身ごもってしまったというお話です。
エル・グレコ-16世紀のギリシャ人宗教画家
エル・グレコは16世紀にスペインで活躍したギリシア人画家。スペインが「日の沈まぬ国」と呼ばれていたフェリペ2世の時代。彼はフェリペ2世に仕えようとしましたが、フェリペ2世に画風を認められずトレドで宗教がを描きながら過ごしました。
ティツィアーノとは違い、ギリシア人ながらスペインのトレドに居を構え、スペインで絵画を描き続けた画家です。「エル・グレコ」というのも本名ではなく、「ギリシア人」という意味のあだ名。本名はドメニコス・テオトコプーロスといいます。
上の絵は、ノートン・サイモン美術館の受胎告知。受胎告知とは、未婚のマリアに大天使ガブリエルがイエスの懐妊を伝えるシーン。キリスト教絵画の中でも特によく描かれる主題です。
彼の作品はマニュエリスムと呼ばれる、縦に引き伸ばしたかのような雰囲気の独特な技法で描かれています。こちらはオスロ国立美術館で鑑賞できる作品。イエスの磔刑の直ぐ前のシーンを描いた作品のようです。
エルミタージュ美術館では『使徒ペトロとパウロ』という作品を鑑賞することができます。
ペテロとパウロはどちらもキリスト教の12使徒と呼ばれる重要人物です。ペトロの有名なエピソードとして次のものがあります。
キリストが捕まる前にペトロは「貴方は私のことを知らないと3回言うでしょう」とキリストから予言されます。ペトロは「そんなことありません」と否定するのですが、キリストの捕縛後、キリストの裁判まで、そして裁判中にあわせて3度「貴方はキリストの弟子でしょう?」と周りの人々に尋ねられます。そしてそのたびに「私は知らない」と答えてしまいます。その三度目の否定をしたときに彼は「自分はとんでもないことをしてしまった」と自分の行いを悔いる
というお話です。
ディエゴ・ベラスケス-フェリペ4世の宮廷画家
スペインのフェリペ4世に仕えた宮廷画家ベラスケス。1599年にセビージャで生まれたスペイン人画家です。
19世紀の画家マネが「画家の中の画家」と評したほどの実力者で、芸術を愛したフェリペ4世が彼以外の画家に肖像画を描かせなかったほど寵愛した画家でした。上の絵はルーブル美術館所蔵の肖像画です。
前述したティツィアーノや、「王の画家にして画家の王」と謳われたルーベンスの影響を受けた画家だといわれており、彼が確立した画風は後の印象派にも影響を与えたそうです。
ベラスケスの代表作は『ラス・メニーナス』。『ラス・メニーナス』はスペインのプラド美術館に所蔵されている傑作です。
『ラス・メニーナス』は、スペイン王フェリペ4世の家族を描いたものです。
この絵画の面白いところはその視点。絵の左側に画家ベラスケスが描かれているため、『ラス・メニーナス』は誰がどこから見ているのか分からない構図となっています。しかし、奥にある鏡に注目すると、そこにはなんとフェリペ4世夫妻の姿が。
そう、実はこの絵画は、フェリペ4世夫妻が、ベラスケスが娘マルガリータの絵を描いているところを訪れ、それに気づいた女官たち(ラス・メニーナス)が挨拶している場面を描いた絵なのです。
※印象派についての解説はこちら
フランシスコ・デ・ゴヤ-カルロス4世の宮廷画家
ゴヤはスペイン王カルロス4世に40代の頃から宮廷画家として仕えた18-19世紀の画家です。スペイン独立戦争でのフランス軍による市民虐殺を描いた『マドリード、1808年5月3日』や、当時のタブーをすり抜ける為に工夫を凝らした『着衣のマハ』と『裸のマハ』などの作品で世界的に知られています。
上の絵はティッセン・ボルネミッサ美術館所有のフェルナンド7世の肖像画です。
こちらが、『マドリード、1808年5月3日』。プラド美術館所蔵の作品です。
この作品は、1808年にナポレオンの支配に抵抗して勃発したスペイン独立戦争を描いた作品。フランス軍が行った虐殺行為が描かれました。
処刑された人々、処刑を待つ人々、そして今まさに処刑されようとしている人々のあきらめや絶望が生々しく描かれています。
1800年にゴヤが描いた実在の人物のヌード画が『裸のマハ』と呼ばれる作品。プラド美術館所蔵の絵画です。
この作品はゴヤが愛した女性の絵だと言われていますが、ヌード画がタブーとされる時代、ゴヤは罪になるのを恐れ、『着衣のマハ』という全く同じ構図の服を着た女性の絵を描き、『裸のマハ』の絵に被せて作品を保管していたといわれています。
パブロ・ピカソ-キュビズムの祖
ピカソは、対象を三次元で観察し、作品に落とし込む、キュビズムの創始者の1人です。1881年にスペインのマラガで生まれた画家で、幼少期はその絵の上手さに天才といわれていたそう。20世紀を代表する画家と言っても過言ではない存在です。
生涯に約1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作した多作の芸術家でした。
ピカソの代表作として最も有名な作品がレイナソフィア所蔵の『ゲルニカ』。
『ゲルニカ』は、スペイン内戦中にドイツ軍の空爆で被害を受けた町「ゲルニカ」を主題として描いたピカソの作品。パリ万博のスペイン館を飾る作品として描かれました。
ピカソの作品は世界中の美術館で鑑賞することができます。こちらはアメリカ ロサンゼルスにあるノートン・サイモンの静物画。ピカソが描くと静物画が躍動して見えるのが面白いです。
こちらもノートン・サイモン美術館で鑑賞できる作品。人物を立体として分解する技法はとても独特で、誰が見ても「ピカソの絵だな」と感じることができる点でも本当にすごい画家だなを思います。
サルバドール・ダリ-シュルレアリスムを代表する画家
ダリは、1904年にスペインのフィゲーラスで生まれた画家。
シュルレアリスム(超現実主義)と呼ばれる芸術の潮流に身を置く画家として知られており、クニャリと曲がった時計の絵などで知られています。
上の絵はスペインのティッセン・ボルネミッサ美術館所蔵の作品です。
こちらはレイナ・ソフィアに展示されているダリの「偉大なる手淫者」という作品。
ダリ初期の代表作です。一見何の絵なのか分からない絵なのですが、題名の通り、所謂自慰行為を表している絵だそうです。左下に見える女性がダリの生涯のパートナーとなるガラという女性。その女性との愛の営みを様々な寓意を用いながら表現しています。
シュルレアリスムの芸術家や作家たちは、浮世離れした、夢や空想のような世界観の作品を多く生み出しました。
こちらは、アメリカのサンディエゴ美術館の作品。
ダリらしさ溢れる作品で、横を通り過ぎた時に思わず目が留まってしまいました。
ダリの絵の特徴はなんと言っても物質を柔らかそうに見せる作風。有名なのは時計がくにゃりと折れ曲がってしまっている絵など。一目で分かる作風と、見ていて飽きないデザインに、美術館の中で自然と足を止めて見入ってしまう画家です。
ジョアン・ミロ-記号の魔術師
ミロは、ダリと同じシュルレアリスムの画家として活躍した画家。1893年にスペインのカタルーニャ地方で生まれました。
シュルレアリスムの画家でありながら、グループに固執せず交友関係は幅広く、ヘミングウェイなどの文化人とも交流があったそうです。
ミロの「記号こそ、魔術的な感覚を引き起こす」という言葉に表されているように、ミロの作品にはイメージを単純化した表現が随所に見られます。彼は現実のものだけでなく、頭の中にあるイメージや夢の中の出来事なども作品化しており、その独特な作風が人々を魅了しました。
終わりに
この記事では、スペイン芸術の魅力をティツィアーノ、エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤ、ピカソ、ダリ、ミロの7人の画家の作品を参照しながらご紹介しました。
スペイン芸術の陰鬱さと力強さ、そして革新的な発想と人々を虜してしまう画家が込めたメッセージを感じて頂くことはできましたでしょうか。
華やかさや鮮やかさではない、絵画が心に訴えかける「何か」がスペイン芸術の最大の魅力なのではないかなと思います。機会があったら是非スペイン絵画の魅力に触れてみてください。
※プラド美術館はこちら
※ゲルニカを所蔵するレイナソフィアはこちら
※ティッセン・ボルネミッサ美術館はこちら